今日も北京ダック
最近、この日記、中国からのアクセスが結構多いんですが、なんで? 北京ダックばっか食べてるから? なんとなく漢字をうまくつなぐと意味わかるのかな? ここのところ、アメリカからも自動翻訳のサイト経由でのアクセス多いんですが、訳された英語を見てみると、オレのブロークンなんかふっとぶくらい、強引で意味不明な訳。ものすごく面白いんだけど、でもあれじゃ、ほとんど何書いてるのかわかんねえだろうなあ。え、日本語でもわからないって?
え〜と、今日は飴屋法水さんの『バ ング ント 「跡」展』にいってまいりました。もう今年の夏は、この展示にやられっぱなしでしたが、なんだか今日は、もう夏休みも終わりですよ〜って言われてる子供のような気持ち。展示のもついろいろな意味とかそういったものは別にして、みんなに「やあやあ」ってスイカをもって会いにいける場が今日でなくなってしまうんだな〜って。そういえばいつのまにかP-Houseのまわりも秋っぽい虫の音が聞こえるようになってきました。
「跡」展のあとは、例によって皆でいつもの北京ダック屋で遅くまで。
ところで、わたしの好物、沢山あるんですが、とりわけスイカと蕎麦が大好きで、で、飴屋さんの好物もスイカと蕎麦だそうで、きょうはわたしがスイカを持っていき、で帰りには、飴屋さんが大好きなメーカーの蕎麦の乾麺をいただいてきました。そうそう、それと、わたしが8月15日の演奏の際につかった今回展示した2台のメトロノームのうちの1台をいただいてきました。しかも飴屋さんのサイン入り。うれしい。ありがとう。飴屋さん。これで、なにかまた作品つくろうかなって思ってます。
「跡」展の会場には、8月16日のこの日記「P-Houseで考える」とともに、2001年、ちょうど911のテロの直後にフランスで受けたメールのインビューの抜粋も張り出されていました。下につけておきます。
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大友良英 インタヴュー2001年 (14) より抜粋
そもそも音楽を創る正当な理由などという発想も、わたしにはよくわかりません。なぜ音楽を創る理由を言葉で説明しなくてはならないのですか? 生きる理由を言葉で説明できないのとそれは同じことではないでしょうか。ダンスをするのに理由はいりません。わたしはいまだに自分が生きている理由なんてわかりません。わたしは日々やることをやり、自分にとって素敵だとおもえることをし、より生きやすい方法をさぐりながら、日々小さな楽しみを見つけて(たとえばおいしい食べ物を食べて幸せになるような)生きているにすぎません。少なくともわたしは、テロをしたり、爆弾をおとすことよりは、へたくそなダンスをしたり、かなわぬ恋をしたり、音痴な歌を歌ったり、おかしなノイズをだしたりすることのほうが、比較にならないくらい素敵なことだと思っています。
*インタビューの全文はここで読めます→http://www.japanimprov.com/yotomo/yotomoj/interviewj01.html