粋と野暮

otomojamjam2011-04-03

今年のエイプリルフール、粋なウソのひとつもひねり出せず。
情けない。実に情けない。
ステージに出て人々に希望を与える仕事をしてるものとして修行がたらなすぎる。
え、お前の芸のどこが人に希望をあたえてるんや、それこそ大ウソやないかい。
そもそも、芸道修行なんてしたことないやないか。この三流音楽家があ〜
・・・とまあ、元祖JAMJAM日記の殿山泰司さんの文体模写をやろうと思ったけど、うまくいかないんでやめやめ。
以前五所純子に「大友さんの野暮力」って言われたけどさ、そんな才能いらんちゅうの。
粋な大人への道はほど遠い。




学生の頃太平洋戦時下の音楽統制について調べ論文を書いたことがある。多くの場合それは強制によるものではなく自ら正しかれとやった自主規制だったのだ。もしかして今現在、戦中の言論統制に近い状態に向かっていないか? それは上から押し付けられるものではなく自分の中の正義から始まるものだ。



正しいことをやろうとするのはいい。人だもの。でも正しい正しくないの二極だけで世の中は動いてない。ましてや音楽家はそんなシンプルな色分けで音をだしてるわけじゃない。みんな一緒・・・の波にはいれない少数者を見れずして、なにが音楽だ・・・オレはそう思う。



野暮さと粋について、もう少し考えよう。