中華人民共和国建国宣言とマイクロフォン

otomojamjam2006-10-01

今から57年前の今日10月1日は、毛沢東中華人民共和国の建国宣言をした日だとかで、たまたまネットに当時の写真が出ていた。彼がが宣言をした場所は北京の天安門広場


で、写真を見ていて気になったのが、そう、マイクなんです。ここで使われてる毛沢東の目の前にあるメインの四角いマイク、手前のほうは、おそらくRCA74、で、その後ろに隠れている大きな四角いのが、おそらくはRCA44 どちらもアメリカ製のリボンマイクで、特にRCA44のほうは、当時のアメリカのポップスやジャズ、クラシックの録音、あるはラジオ放送なんかで使われていた主力マイクロフォンで、今でもその音を求めて多くのエンジニアが使っている名器。20世紀アメリカの音楽をつくったマイクで毛沢東共産党宣言をしてることになる。


いったいこのマイクの数々は、誰の持ち物で、どこから流れてきたものなのか?そしてどんな役目を負ったものなのか?


役目のほうは簡単に想像がつく。まずはラジオ放送、そして歴史的現場を記録するための録音録画。実際にこの映像や録音は残っていて今では簡単に手に入る。テープによる磁気録音が世に出たのが1946年だから、当時最新鋭だったテープによる録音がされていたかもしれない。いずれにしろ、録画や録音された物が歴史の証人になり、それが権威の象徴として権力を補強することになるということは当時すでに充分に知られていて、共産党もそのことを最大限に利用しようとしたことは間違いないだろう。ちなみに、録音や録画を最初にフルに利用した権力はナチスヒトラーだった。さらに言ってしまえば、磁気録音を実用的なものにまでしたのもナチスの研究者たちであった。もっともその磁気録音の技術を本格的に導入したのはヒトラーではなく、戦後その技術を持ち帰ったアメリカのほうで、特に最初にこの技術ならではの録音をしたのはフランク・シナトラだった。テープ録音はこれまでの録音と違い、弱音の録音を得意とした。声で言えばささやき声をしっかり録音することが出来たのだ。声を張り上げる歌い方ではなく、ささやくような歌い方をレコードにすることが出来るようになったのはテープ録音の技術によるところも大きい。シナトラは最初にそのことに気づき歌い方を変えた歌手のひとりでもある。オレが今でもテープ録音が好きなのは、人々をあおる大声より、セクシーなささやき声に軍配が上がった最初の録音技術だ・・・ってあたりに原因があったりして。戦争をあおる声なんかより、セクシーな声のほうがいいにきまってる。違うかな。まあそんな話はいいや。




もうひとつ気になるのは、広い天安門に声を響かせるためのPAシステムがあったはずで、そのためのマイクでもあったはずだ。ちなみにPAもやはりナチスが考案したもの。それにしても当時のPAにどれだけの能力があったのか、オレには見当もつかない。いったい毛沢東の声がどんな音質と音量で天安門広場に響いていたのか、今となっては知る由もないけど、ものすごく興味あるところ。


音量がその場でどうだったかというのは残っている録音を聴いてもなかなか想像がつかない。ただ当時の録音を聴くと、毛沢東の声は非常に力強く、あのただっぴろい天安門の空にりんりんと響いたんじゃないかって思わせるくらいだ。実際にそこまでの音量が出ていたとは思えないけど、でもその伸びやかな声はまるで魅力的な役者や歌手のよう。


でも、オレはふと思うことかある。こんな魅力的な声の人は、革命や戦争や芸術は出来るかもしれないけど、でも、政治などという地道にこつこつとやらなくてはいけないことをやってはいけないタイプなんじゃないかって。 おいらの国でも、ジャズを生んだ国でも、今やうすっぺらな映画スターみたいな人たちが大臣やら大統領になることになっているけど、映像やらマイクを通して魅力がつたわるのは音楽とか映画だけにしといたほうがいいかもって思うんだけどね、まちがってますかね?



というわけで今月から写真はビンテージマイク。
写真上は名器RCA44、下はRCA74B。