転校生

otomojamjam2007-12-04

まとまりの無い文章ですが・・・。




昭和43年、小学校3年生の秋、オレは一度だけ転校生になったことがある。横浜市から福島市への転校が、多分オレの人生を大きく変えた。あれ以降、自分は何処に行っても、ずっと外部にいるような疎外感を感じ続けている。そんな大袈裟なことが起こったわけではなかったし、ただ転校しただけなんだけど、それを切っ掛けに、そまでまったく疑問におもうことすらなかった友達・・・というものが、とても困難なテーマになり、人間ではないもの、オレの場合は音を出すマシーンや音楽が友達のようなものになり、でもそのマシーンも音楽も、オレにとってはどこかで人との関係をつくる唯一のツールのようになっていったところはあり、で、気付いたら、今に至っている。音楽や音を出すマシーンがなかったらどうなっていたことか。



12月2日、富士山がよく見える静岡市郊外にある劇場に、飴屋法水さんが演出する「転校生」という芝居を見に行った。多分飴屋さんが芝居のようなことをするのは十数年ぶりで、もしかしたら、ここまで明確に芝居といえるようなものを演出するのは初めてだったのかもしれない。かくいうオレも、芝居といえるようなものを客として見に行くのは、十数年ぶりかもしれない。ここのところ芝居というものに興味を持つことはほとんどなかったからだ。音楽にしても芝居がかった音楽は、なぜか苦手だし、映画の仕事をしていても、芝居の部分よりも、カメラのアングルとか、色とか、そういった部分ばかりに興味がいきがちで、芝居への介入は無意識に避けていたふしもある。なんでかな。芝居はうざい・・・そう思っていた。
出演者のほとんどは地元の女子高校生。女子高校生というものにもまったく興味がないばかりか、非常に苦手。女子校生にがきらず、そもそも若いだけの存在がうざったくて苦手。自分もかつては若かったくせにね。
芝居と女子高生への強烈な偏見。そんなこともあって、飴屋さんの久々のステージだというのに、一瞬だけど、見に行くのを躊躇した。でもその躊躇を瞬時に吹き飛ばしたのは、飴屋さんのブログだった。飴屋さんは、いつもの飴屋さんのままで、真摯にステージに向かって戦ってるんだなってのが、当たり前なんだけど、わかって、それで迷うことなくチケットを購入したのが先月だったかな、先々月だったかな。その後は、12月2日だけは仕事を入れまいと死守。とっても楽しみにしていた。



そんなわけで、久々の休日。静岡は拍子抜けするくらい東京から近くて、なんとなく、その近さは、福島を思い出させる。



冒頭、電話の時報が流れ続ける中、スクリーンに「転校生」の文字。これが「転 生」になり、次に「  生」だけの文字に。2年前の夏、飴屋さんがやった「バ  ング   ト展」も文字の欠落が随所につかわれていたけれど、あの時は使われた文字はカタカナばかりで、文字の欠落はそのまま意味の欠落(読み取れないコード)に直結していたけど、今回の文字の欠落は、むしろ濃厚な意味(あるいは別のコード)を引き出してくる。


女子高生達を見てるだけで、うんざりするくらいうざいなあと思ったのは最初のうちだけだった。転校生の岡本さん(なぜか中年のご婦人)が出てきたあたりから様相が一変してくる。強烈な異物感。平田オリザさんのオリジナルでも転校生は中年のご婦人だったのだろうか。この異物がクラスになじんでいく過程で、実は女子高生ひとりひとりも、互いに異物でしかないのだということも見えてきたり。そんなこんなを見てるうちに、オレにとっても強烈な異物だった女子高生たちは、いつのまにか個人の名前を持つ、それぞれ個々の個性と歴史を持ったひとりの人間たち(生き物たち)に見えてくる。発達障害の子供たちとのワークショップのことを思い出す。あのときもオレに大きな変化が訪れたのは、障害のある子供たち・・・ってくくりから、個々人の名前と個性で一人一人が見えてきたときだった。あのときオレの中の偏見はゆるやかに氷解したように思う。


同時にいくつかの場所で発話される会話は、女子高の教室そのままにも見える。2つ以上の会話が同時になされると、それを同時に聞く僕等は、平行して進行する異なる会話の言葉の意味を認識することが困難になると同時に、逆に彼女たちの声質、音域、発話のテンポが聴こえてくる。音楽聴取に近い現象が、聴衆の側におこってくる。時々はっとするくらい明確になる意味を持った言葉と、意味の聞き取れない言葉と。ここではそのどちらもが重要な役割をもっている。どの言葉をひろうかは観客と出演者の共同作業だ。オレがなんとなく考え続けている夢想してるまだ見ぬオーケストラのヒント発見。


女子高校の1日が舞台の作品。途中衝撃的ともいえる飛び降り自殺のシーンがあるんだけど(これもどうやら原作にはないらしい)、自殺した娘は、少なくとも劇中では発見されることはない。自殺に気付く人は最後までいないのだ。このことが観客に重い余韻を残す中、なにごとも無かったように1時間半後、劇は終わる。


ステージが終わり、素朴なピアノの旋律が流れ出し(これも女子高生が弾いたものだそうだ)、拍手の中、スクリーンに出演者の名前が映し出され(しかも、役名はすべて本名であるのをここで知ることになるのだが)、ひとりひとりの名前が出ると同時に、出演の女子高校生達全員が並んで「せ〜の」の掛け声でジャンプするシーンで、オレはなんだかもう感動してボロボロと泣いていたんだけど、なんで? その理由が全然わからない。泣かすようなストリーやら文句があるわけじゃないし、そういう展開でもないし、自殺の重い余韻は残っているし、なのにもうなんでだよアメヤさ〜ん、まったく・・・と思ってまわりを見てみると、他のお客さんも拍手をしながら泣いてる人、結構いる。その涙は、素晴らしい音楽を聴き終えて感動したときの涙に似て、やっぱり言葉にならない。名付けようが無い。いったいなにがどう作用したのかわからないけど、でもあのステージをつくった女子高生たちや岡本さん、飴屋さんたちにやられたのだ。まいった。オレに出来る最大限の御礼は手のひらが痛くなるくらいの目一杯の拍手くらい。近くにいるだけでもうざったいとしか思えなかった女子高生たちが、とっても輝いて見える。スクリーンに映し出されるひとりひとりの名前、役名でもあり本名でもある名前。




名前がない・・・というのは実にラクなものだなあと、匿名性の強い演奏をはじめたころは、そう思っていた。強烈な個性が刻印された音ばかりを聴いてきた耳には、実に新鮮だったのだ。でも、名前を消去しようとしたって、結局は別の名前や別の意味が顔を出してくる。それでも名前を消去しつづけようとすると、結局はその作為が聴こえてしまう。どうせアルバムにも、コンサートにも、作者の名前がこれでもかってくらい刻印されているくせに。




転校生を見た前日、高円寺のちいさなギャラリー「Garally45-8」で譜面展と同時にソロをやらせてもらった。場をつくった人たちの顔が見えて、どういう気持ちや思いでこの場所をやっていて・・・というのがちゃんと見えるところで仕事をするのがわたしは好きだ。ここをやってる佐野さんと藤高さんとその弟や仲間たちのなんだか暖かい感じに終始和ませてもらいつつ、とってもいい時間をすごすことが出来た。見に来てくださった人たちにもそれが伝わっていれば幸いだけど。
今オレがやっているような仕事というのは、毎日、毎日、違う現場に行き、毎日違う人たちと会い、そして翌日にはまた違うところに行く・・・というのの繰り返しで、いってみれば毎日が転校生のような状態だ。あいさつをする。その人たちの顔を見て、すこしだけ雑談をする。たったそれだけでも場についての膨大な情報が得られ、気持ちよく演奏できたり、あるいは逆だったり。僕等は、けっしってその場所に長居することはなく、いつも一晩だけの関係だけど、その場を運営してる人たちにとってみれば、そこで生きているわけで、大切な日常の基盤なのだ。
国際部の新聞記者を父にもつ「Garally45-8」の藤高兄弟は、幼少のころ家族とともにインド、パキスタン、エジプト、韓国といった国々(だったかな、あってるかな?)を転々としたそうだ。オレより年下なのに空襲の体験があり、韓国では光州事件まで体験してるって・・・。横浜から福島にたった一度転校したくらいで人生が変わったなどとほざいてるオレからは想像もつかないくらいの強烈な転校体験。




名前で呼んでもらえる人が名前を消そうとするのと、名前を呼んでもらえないのとではまったく意味が違う。




「without records展」をいっしょにやった仙台の青山泰知さんと、来年山口YCAMでやるあらたなバーションの「without records展」を構想してる最中で、彼から面白いメールが送られてきた。ちょっとだけ部分を抜粋
「作業の中で僕は何を作ろうとしているのだろうと思ったのです。極力手を加えない中で何をしているのか、何をしようとしているのかと考えたのです。
それは、点と線を作る作業かなと思ったのです。線は、人の流れの線、動線、導線、などですかね、点は、立ち止まる部分、そして定点のない点。そんなことなのかなと思ったのです。」
ほかにも面白いことがいろいろ書かれていたけど、この点と線へのわたしの反応はというと、これまたちょっとだけ抜粋ですが
「今回の展示のテーマは、まさにアンサンブルなんですが、それはわたしと青山さんのDUOという意味もあるし、場と作品のアンサンブルでもあるし、ターンテーブルと人とのアンサンブルでもあるし、まあ、どうとでも取れると思います。
アンサンブルにとって、なにが重要なのかな・・・って考えると、多分一番大切なのは、それぞれのことなる歴史軸の交わりかたにあるような気がしてます。ここで、また線と点が出てきました。歴史軸という線、交わる点、なんで点と線が重要かといえば、交わるからだと思うんです。まったく結論のない話ですがそんなことを漠然と考えました。」




いろいろなことが、少しづつつながっていて、少しづつ交わっていて。こうやって漠然となにかを考えるのは楽しくもあり。



興味があるのは、名前を呼んでもらえるひとが名前を消すことではなく、丁寧になにかをつくっていくなかで名前を発見し、互いに呼び合える関係を築いていくことだ。最初から他者などというものを設定して自分のことを考えるのではなく、自分自身がだれかにとっては常に他者でしかないということが前提になるような発想。
転校というのは嫌が上でもそういうことを思い知らされる現場だったのかもしれない。



同じ会場にいて、同じ打ち上げにきていた敬愛するかえるさんこと細馬宏通のブログにも転校生を見た覚書がでていて、その最後の文章が、まさにって感じだったんで、そのまま引用。

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終演後、打ち上げに混じらせていただいた。時に声を揃えて盛り上がる女子高生たちの会話は、まるで劇中のように広い館内に響く。  乾杯のあと、出演者の紹介という段になって、18人の生徒たちは、演出の飴屋さんに全員の紹介をリクエストしていた。「あたしたちの名前全部言えますか!」

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全員の名前を言えた飴屋さんが友人であることをちょっとだけ誇らしく思った。