少しでも状況がよくなりますように

今はまだ状況がどうなるかわからないので、あくまでも流動的な状況の中で、東京に住んでる音楽家が考えてる個人的な考えということで読んでください。
JOJO広重さんのブログ「いつか、音楽が聞こえてくるから」へのわたしなりの具体的な行動を含む頼りないアンサーでもあります。
http://noise.livedoor.biz/archives/51369253.html


16日から2週間ほど予定されていた「We don't care about music」というフランス映画の発表記念して、この映画に出てる何人かの日本のミュージシャンが参加して行われる欧州ツアーに行くことを先ほどキャンセルしました。ほかのメンバーがどうするかはわかりませんが、それぞれが自分の考えで決めようということで、どういう決断であれそれぞれの考えを尊重しようと思ってます。


行こうかどうしようか、地震のあと今日までずっと悩みました。でもいくら自分に聞いてみても、自分の答えは、今は日本を出たくない・・・でした。
理由はいくつか言う事は出来ますが、でも正直どれも合理的なものではない気がしてます。とても個人的な感情だと思います。ひとつはっきり言えるのは、今の状況だけでなく、これから起こることを自分の住んでる街で自分の目でしっかり見て体験しておくべきなんじゃないかという感情です。大げさな言い方はしたくないけど、ここでみなと運命をともにしたいという感情です。今までこんな感情は持ったことがありませんでした。だからその感情に自分でも驚いてます。多分ここでいうみなというのは、顔の見えない日本人といったような巨大な集合のことではなくて、それより自分の大好きな人たち、たとえば恋人とか友人とか肉親とか、バンド仲間や仕事仲間や、福島の旧友や音遊びの会のひとたちとか、水戸や山口や仙台や東京、京都の展示を一緒に作った友人たちとか、くされ縁のむかつく悪友から近所の苗字もしならいよく行くパン屋さんとか、たまたま電車がないとき帰りが一緒になった良く知らないけどなんとなく話があった人とかだったり、あるいは大好きな場所、PITINNとかスーパーデラックスとか、よく使うスタジオとか喫茶店とか、歩きなれた道とか、今見えてる月とか、そういうかなり漠然としたものだと自分では理解してます。もちろん、先方とそんな団結の約束を結んでるわけじゃないので、あくまでもわたしの中のきわめて個人的な勝手な普段は出てくることもない感情です。
この感情を前に、たった2週間なのに、日本を離れたくないと強く思ってしまいました。いや今だけじゃなく、まだ正式には受けてない初夏の海外公演も今は断ろうと思ってます。きっと行ったところで、落ち着いて演奏なんってできないだろうなとも。



ツイッター上で日本人が頑張ってる姿を見せるのも大切なのではとか、日本の状況を伝えて・・・といった意見もありました。それも一般的には間違ってないと思います。いやきっと正しいのかも。でも自分の音楽はスポーツ選手のように日本人を代表してるわけではないですし、すくなくともわたしの音楽は頑張ってる姿をみせるもんじゃないような気もします。それにわたしの音楽に今の日本の状況を伝える能力があるとも思ってないし、ましてやそんな役目があるともまったく思ってません。なんだかそういう勇ましい感じが苦手です。それに日本人って言われると、日本人じゃない人や、日本人て言っていいかどうかまよってる人たちのことも気になりだします。
わたしにとっての欧州公演はいつもPITINNでやってるレギュラーなライブとまったく同じスタンスなんです。もっと正確に言うなら、同じスタンスでやれるからこそわたしは、これまでさんざん海外の公演をやってきたともいえます。それがもし日本で演奏するのとは違うなにか特別なものになってしまったら、その時点でわたしは音が出せなくなってしまうと思うのです。だから、日本人の頑張ってる姿をみせるなんて気持ちがPITINNのコンサートでおきようはずがないのとまったく同じ理由で、ロンドンだろうがパリだろうがベルリンだろうが、大きな会場だろうか、小さなクラブだろうが、わたしはいつもの自分の音楽を自分のスタンスで演奏していて、そのことが居心地がいいからこそ今まで海外でもやってこれたんだと思います。




誤解してほしくないのは、こういう時期だからコンサートを自粛するとか、そういうことではないということです。もし明日東京で行われるコンサートだったら会場が使えるなら、たとえ落ち着かなくてもやったと思います。でも、それも誤解してほしくないのは、こんな時期だからこそやるべきとかそういうことではなく、ただスケジュールに入ってる仕事はなるべくならちゃんとやりたいからです。わたしの音楽を聴きたくて主催してくれた人のためにも、来てくれたお客さんのためにも。でもそれとても、もし電車が動かなくて従業員がこれないとか、電力の関係でやめたほうがいい・・・といった事態になれば、中止することにわたしはなんの抵抗もありません。たかが音楽・・・決して卑下する意味ではなく、ポジティヴにそう思ってるからです。仮にコンサートがなくなったとしても、シリアスに人生や生死にかかわるような事態で困るような人はまずいないでしょうし(そんなことがもしあるならもちろん話は別です)、そのときが駄目でも、別のときにコンサートを仕切りなおせばいい。やり直すことが比較的容易なものなら、無理をしないほうが結果的にはいいものが出来ることもあるってことを経験的に知っているからです。まあ大変なときに無理してやるコンサートが面白いものになることも経験上知ってますが、相当特殊な状況じゃないとそういうマジックはなかなか起こりません。コンサートも縁だと思ってるので、うまくいくときもあれば、うまくいかないときもあって、いろんな理由で中止になることだってあって、でも縁があれば、かならずまた出来るし、縁がなければ、まあそれはそういうことなんだなって思うことにしてます。
今回のツアーもいずれ日本の状況が落ち着いて、その上で縁があれば違う形でかならずやれると思ってます。
もちろん主催の人とはメールや電話で何度も話をして、わたしの考えを充分理解してもらったと思ってます。



長々書きましたが今現在も予断をゆるさない非常事態であるのは間違いないし、今の事態が収まっても、この先しばらくは大変だろうことは予想がつきます。
今も東京電力の人の会見がつづいています。原発、僕らの予想以上に深刻な事態なのかも。ほんとうに僕らはどうなるんだろう・・・って思います。被曝なんて他人事だとずっと思ってたのに。
こんな事態に自分は本当に無力です。音楽家だから無力ってことではなく、人ってのは無力な存在なんだなという意味で。その上、オレの場合は弱虫でびびりで運動能力もありません。見掛け倒しもいいところです。こんなときにひとつも役に立たないばかりか、どうするべきか迷ってばかりです。福島にいる両親に会いにいくことすらできないし、今いったとしても迷惑をかけるかもしれない。こんなときは命をはって現場で救命してる自衛隊や消防や警察の人たちが本当に頼もしくかっこよく見えます。頑張ってほしいとも。ひとりでも多くの人を助けてほしいとも。そして決して死なないでほしいとも。祈るような気持ちでそう思います。
それでも、こんなときですら頑固に強く思うことは、オレは無力なもんが好きだってことです。無力なもんが好きだからこそ音楽がたまらなくいとおしいもんに思えるんだとも。たかが音楽だからこそ好きなんです。その先はJOJOさんが書いてくれたとおりだと思います。



この3日で日本だけじゃなく世界中の音楽仲間から心配するメールが沢山きてます。みな日本のことを心配するメールです。中には避難場所まで提供するというメールも。本当にありがたいことです。
今助けが必要なのは東京に住んでる僕等ではなく、多分これを読むことすらない人たちだと思います。
どうか少しでも状況がよくなりますことを。